おしえることでおしえられる

何のこっちゃって感じですが

おしえることは学ぶことなんです!( ー`дー´)キリッ

 

実はありがたいことに読者さんに

コンサルして欲しいと言われまして

やってみています(^^)/

 

ついつい熱くなっていろいろ話しすぎてしまうのですが

ただ誘導するのではなくて

いろいろ経験してもらえるようにしなくてはと思っています。

 

たとえば自分が導き出した結論伝えるのって

言えば簡単じゃないですか。

 

いろいろやってみた結果これが効率がよかったとか

この方法が利益率が高いとか。

 

そんなこと言うのは簡単ですよね。

 

でもそうではなくていろいろ経験してもらう

考えてもらうという風に考えた時

すごく難しいんですよね。

 

それは同じこと経験しても

それぞれ楽しいと思うことが違ったり

得意なことが違ったり

それって経験しなきゃわからないですよね。

 

おそわる側としては楽を求めると思うんです。

一段飛ばしの方法とか

裏技的な仕入れとか

マジック、つまり楽ですよね。

 

しかし長期的な視点で見ると

それって決していいものではなくて。

 

なぜかというと常に変わっていく必要があるじゃないですか。

一つの方法をマスターしたから

これずっとやり続ければオッケー!

なんてそんなものはないですよね。

環境は常に変化しますから。

 

新しいことを経験し続けることに慣れるというか

経験し続ける姿勢というか

むしろそれ自分におしえてあげたいって感じですが(;’∀’)

(新しいことを始める時は

何かを代わりに捨てる覚悟が必要だとも思っています)

 

セラーというひとくくりで見ても

その違いが色々な結果の違いに結びつきますよね。

 

どんな商材を選ぶのか、どんな販路をもつのか。

専門店かごっちゃか。

交渉が得意とか、単純転売が得意とか

新規商品が得意とか。

国内や中国もやってみるのか。

どのような仕組みをつくるのか。

一人で全部やりたいのか外注さんをつかうのか。

 

どうしても自分の経験した方向に導きたくなると思うんです。

でもあまりに結論を急ぐと

経験を奪ってしまうことになる。

 

欧米輸入ならこれやってこれやって

その次のステップはこれでとか

そんな同じ直線的じゃなくて

それぞれ違っていいと思うんです。

 

国内総代理店目指してもいいし

単純転売きわめて究極まで仕組み化してもいいし

メーカー目指してもいいし

いろいろまぜてもいいし

自由じゃないですか。

 

というかみんなが同じだと

社会的な価値がないですよね。

 

だから直接的に伝えすぎると

経験っていうものを奪ってしまうことになりかねないなと

そう思いました。

 

放任とはまた違くて

しっかりフォローしつつも個人を尊重する。

難しいです…

 

自分の子供は今年の夏に2歳になるのですが

もう自分の意見がしっかりあって

こうしたいとかしたくないとか

はっきり意思疎通できるんですよね。

 

おしえるおしえられるという関係であっても

親と子であっても

個人と個人として尊重する

対等な関係であるということを

常に忘れずに持ちたいなと思いました。

 

最後までお読みいただきありがとうございます(^^)/

ソラヌマでした!

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